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牛丼とは、案外青春の詰まったメシだった

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いつも読者登録して読んでるかんどーさんの牛丼ネタに懐かしくも、書きたくなった。


初牛丼は高1だった。そしてまだ童貞だった。

初めての牛丼は、たしか高校1年生の頃だった。
遅くも早くもないと思います。

1990年代初頭、高校に通っていた頃の話。場所は千葉県北西部のベッドタウンで、都会に背伸びしたくなる田舎。
高校は若干遠かったので(といっても電車に乗ってドアツードア約1時間)まだまだ地元の友達ともよく遊んでた。
行動範囲が狭かったのと、牛丼文化は今時分ほど発達していなかったせいか、牛丼といえば選択肢は吉野家の牛丼一択だった。その店舗はよく通ってたパチンコ屋から片側2車線の国道を挟んだ向かいにあった。地方のロードサイド単独店舗だ。

その頃牛丼の立ち位置は、肉体労働系の飯でありつつも、若者のおしゃれファーストフード的なポジションでもあった。(その表現がそもそもダサいが…)なぜならオレが育った市はマックが1店舗しかなくて更に遠かった。

たまたま家から自転車で15分圏内ぐらいの位置にあった吉野家は重宝した。オレは高校生になるまで知らなかったが、早い奴は中学生ぐらいに牛丼を食ってた。


土日になるとその近くのパチンコ屋によく行って、閉店まで打ったり打たなかったり、勝ったり負けたりしながら過ごしていると、だいたい爆勝ちしてる奴がいて、パチンコ屋が終わったあと牛丼をおごってくれたりした。

そんな流れでパチンコ屋の後に食ったのが初めての牛丼だった。
高校生のオレにとってはこの牛丼童貞喪失体験は十分非日常的だったし結構衝撃的だった。
なぜなら、

  • メインメニューが、牛丼と牛皿しかない点。
  • 選択肢はサイズしかない。
  • 注文後早けりゃ30秒で出てくる。
  • ワンコインで並に卵と味噌汁までつく。

そしてなにより、美味かった。
そしてそのボリューミーなビーフボウルは、ビックマックにポテトとコーラなんかよりもヤングな若僧の腹を確実に満たしてくれた。

親が外食を好まずに家飯で育ち、店で食うことに慣れてなかったオレにはそのシンプルさとスピード感は衝撃的だった。
その頃の吉野家は、本当に牛丼の並と大盛しかなくてお会計も伝票なんてなくて、器の形と数で計算されてた。よく器を重ねて卵の皿を隠してお代をちょろまかそうとしたけど、大概見破られた。小さな抵抗だった。
それくらい本当にシンプルだった。

その後、その吉野家とオレとの関係はどんどん深まることになっていった。

バイトしようと面接受けた。

けど落ちた。当時吉野家の時給は日中帯でも900円で、かなり高待遇なうえに、賄いで牛丼食い放題とか妄想してた。
こんなに吉野家を愛してるのにオレを落とした店長のことはカスだと思った。落ちた理由は確か、シフトが合わない的な問題だったと思う。

好きだった子がバイトしてた。

シフトが少なかったみたいで、通った割には出くわさなかった。その子に牛丼盛ってもらったのはわずかな回数だった。
当時は童貞だったせいもあるのか、その子が盛った牛丼を食べたくて仕方なかったんだ。
そして、前述のバイト面接を受けたのは、同じシフトになっていちゃいちゃすることも、当然妄想に含まれていた。

その後、高校在学中のオレの行動範囲はどんどん広がり、都内によく遊びに行くようになって行った。
都内に行って腹が減ったときに、案外戸惑うのがメシをどこで食うかだった。都内に行けば食事をする店はたくさんあるが、どこか洒落た店に入るのは少し恥ずかしかったし、それらの飲食店は学生の財布事情からすれば、決して易しい価格設定ではなかった。また、店に入るまで具体的な価格がわからないのでビビってたのもある。
そこで、吉野家の牛丼である。
地元で食べたそのままの味がそのままの価格で食べることができた。

原宿にもある

例えば原宿駅竹下通り口にある吉野家は、慣れないおのぼりさんなオレたちに安心と満腹を与えてくれた。そして今だに健在だ。

原宿初心者で、腹が減ったならまずここでビーフボウルを食べるといい。
超駅前だから迷うことはない。

渋谷だってある

渋谷も道玄坂の下の方109の目の前に吉野家はある。
ここでもよく食った。

渋谷はラーメン屋が案外多かったりして敷居が低く入りやすい店は多いが、コスパで考えれば吉野家を選ぶ意味はまだまだある。

その後

時は経ち、牛丼戦国時代を経て松屋、すき家なんかが
かなり幅をきかせるような世の中になりました。そして、ラーメンブームなんかもあり、牛丼の代替となるジャパニーズファーストフードは、チャイニーズファーストフードのラーメンにだいぶシェアを食われたんではなかろうか。
その中でも吉野家は一定の存在感を示しつつ、やはり生き残りのために、ずいぶんメニューを増やしたようだ。少し前に吉野家に行ったら提供された品に伝票が添えられていた。
吉野家のオペレーションにとやかく言うつもりは無いのだが、伝票なんかを使っていることに寂しさを感じた。
吉野家だけは、たとえメニューが増えたとしても、勘定の計算は暗算でして欲しかった。そしてたまに人間らしく間違えて欲しかった。

そして、オレは吉野家に行かなくなった。あの頃の吉野家はもう残っていない。オレが勝手にイメージしてる吉野家はもうなくなってしまったからだ…。

それでも牛丼はたまに食う。専ら松屋だ。

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